デス・オーバチュア
第212話「エクストリーム・プリンセス」



「この世でもっとも重い罪を知っていますかあ〜?」
2m近いクレイモアー(巨大な剣)が大地に突き立てられた。
「物をネコババした? 否! 女の子を犯した? 否! レアモンスターを捕まえて売り飛ばした? 否! 否否否っ!」
少女は大地に突き立った剣にもたれかかる。。
「この世でもっとも重い罪……それは……メイドさんを虐めることですっ!」
それがこの世の真理だ、絶対法則だとばかりに、少女は力強く言い放った。


「……馬……誰ですか、あなたは?」
メイル・シーラは、突然現れた見知らぬ少女に話しかける。
登場した際のあまりの口上に、危なくいきなり馬鹿呼ばわりしてしまうところだった。
「メイドさんを虐めることに比べれば、殺人すら些細な罪ですっ」
大剣にもたれかかっているのは、淡く青いセミロングに、クリアブルーの瞳をした十三歳位の少女。
少女はプリンセスライン(上半身はウエストまでフィットし、ウエストから下はフレア状に広がったシルエット)の純白のドレスを着ていた。
純白のドレスはフリルや刺繍などの一部が薄い青色で、爽やかさ、精錬な美しさをより高めている。
頭上の小さな白金のクラウン(王冠)と、ドレスの胸元には美しい水晶が埋め込まれていた。
「……殺人は大した罪では無いのですか、『お姫様』?」
その身なりが、これ以上なく少女の正体……素性を現している。
「ええ、必要性、正当性さえあるのなら殺人もアリアリですよ……って、どうして私がこの国の姫だって解ったんですかっ!?」
少女は驚いた表情で、メイル・シーラを見た。
「……そんな格好しておいて、何故も何も……」
やはり、この少女……お姫様はお馬鹿さんなのかもしれない。
「ああ、この格好ですかあ? やっぱり、国を守って、国を代表して戦う者として、正装(ドレスアップ)は必須ですよね〜」
お姫様は、メイル・シーラに同意を求めるような眼差しを向けた。
「……いえ、同意を求められて……」
「ええっ!? わざわざ着替えなくても良かったんですかあ!? だって、お母様が戦う時はちゃんと正装するのが淑女の嗜みだ……って!?」
突然、お姫様が、もたれかかっていた大剣の背後に回り込んで隠れる。
次の瞬間、紅蓮の炎で形成された七匹の朱鳥が大剣に直撃した。
「…………」
朱鳥を放ったのは、当然、紅蓮の悪魔カーディナルである。
カーディナルは、何事もなかったかのように無傷で立っていた。
「あ……危ないじゃないですかあ! ひとを殺す気ですかあ〜!? いきなり、なんて酷すぎですよっ!」
大剣の背後から半身を見せたお姫様がキャンキャンと吼えるように抗議する。
「…………」
カーディナルは何も答えず、感情の読めない冷たい表情を浮かべていた。
「…………」
メイル・シーラは『あなたもいきなり不意打ちしたでしょう!』と突っ込みたかったが、あえて突っ込みは入れず、呆れたような表情でお姫様を見つめている。
「解りました、いいですよお、そっちがその気ならこっちもやってやりますよぉ〜」
お姫様は再び、大剣の前に回り込んだ。
彼女の背丈は、大地に突き立った大剣の十字型の鍔までもない。
お姫様の身長が何pかは解らないが、大剣は剣身だけでも彼女よりも明らかに高(長)かった。
「では、行きますよぉ〜」
両手の白い長手袋を填め直すと、お姫様は垂直に跳躍する。
そして、大剣の上で倒立するような格好で、両手で柄を掴むと、一息に大地から引き抜いた。



「えいやぁぁぁ〜っ!」
お姫様は勢いよく大剣を引き抜くと、そのまま前方宙返りを繰り返すようにして、カーディナルに接近し斬りかかった。
「…………」
大剣とお姫様の全体重、回転の勢いを乗せた渾身の一撃を、カーディナルは片手(左手)で持った紅蓮剣であっさりと受け止める。
「ありゃ?」
「ふん」
カーディナルは無造作に左手を振って、お姫様を弾き返した。
お姫様は斬りかかった時とは逆に、後方宙返りして勢いを消し、大地に両足から着地する。
「むむ〜っ、やりますねねえ〜。よくぞ、私の初撃を受け止めました」
「…………」
カーディナルは呆れたような表情で嘆息した。
「……とりあえず、名乗れ……」
「あ、名乗ってませんでしたかあ? これは失礼しました、私はアーシュロット・クリア・アブソリュート、見ての通りの純情可憐なお姫様ですよぉ〜」
「……そうか……この国の姫か……」
「いえす あい あむ ぷりんせす」
クリアのお姫様……アーシュロットは明らかに発音が変な西方語で返事する。
「まあ、気軽にアーちゃんとでも呼んでくださいね」
「……よく解った……もう消していいな?」
「はい?」
カーディナルの全身から紅蓮の炎が噴き出したかと思うと、アーシュロットの視界から消失した。
「っっとおっ!?」
アーシュロットは大剣を右横に振るう。
大剣に凄まじい衝撃と爆炎が炸裂した。
「ほう、受けたか?」
声は、爆炎の飛来した逆方向から。
「うぇい!?」
アーシュロットは大剣を左横に思いっきり叩きつけた。
先程と同じような衝撃と爆炎が大剣に激突する。
「うおおお〜!?」
アーシュロットは凄まじい速さで大剣を振り回し続けた。
カーディナルの姿は目視することがかなわず、ただ、大剣が一振りされる度に爆炎と衝撃が生じる。
「ふん、よくそんな剣で我についてこれるものだ……」
声がした時にはすでにその場にカーディナルの姿はなく、爆炎と衝撃が大剣に叩き込まれてくるだけだった。
「う〜、ちょこまかとぉ〜っ!」
アーシュロットには、カーディナルの姿がある意味では見えていて、ある意味では見えていない。
例えるなら、跳び回る赤い線というか、一瞬の赤い閃光のようにしか認識できていなかった。
「反撃どころか、受けきるだけで精一杯……」
「受けきるだと? 図に乗るなっ!」
突如、赤い線の速度が跳ね上がる。
「いきなり倍速ですかあっ!?」
赤い線……紅蓮剣の剣撃が凄まじい激しさで縦横無尽にアーシュロットに襲いかかった。
あまりの速さと激しさに、大剣での迎撃が……処理が追いつかなくなっていく。
「ううう〜っ、速……」
「ふん、この程度で速いのか?」
「えっ……っきゃあああああっ!?」
さらに、『倍速』になった赤い線の猛襲があらゆる角度からアーシュロットを『同時』に切り裂いた。
大剣がアーシュロットの手から跳ね飛ばされる。
「……ふん」
動きを止めて姿を現したカーディナルと、アーシュロットの中間の大地に大剣が突き刺さった。
「 〜っっ痛う〜」
アーシュロットのドレスは所々切り裂かれ、血が純白のドレスを赤く染めていく。
とは言え、斬られた箇所、傷の数こそ数えきれない程多いが、一つ一つの傷は意外と浅いようだった。
「……ふん、今すぐ失せるなら、見逃してやってもいいぞ……」
カーディナルはつまらなそうに呟く。
「う〜、なんですかあ、それっ!? 弱すぎて殺す気も沸かないとでも言うつもりですかあ〜!?」
「……そんなところだ……」
「むむ〜、とことんなめてくれますね……いいでしょう、このアーシュロットの真の力を見せて差し上げます〜!」
「…………」
「とうっ!」
アーシュロットは一度の跳躍で大剣の前まで移動し、柄を掴むとそのまま一気に引き抜いた。
「……確かに、自らより巨大な大剣をあれだけの速さで振れるのは見事なものだが……」
「せいやぁぁぁ〜っ!}
大上段に構えていた大剣を振り下ろすと、爆発的な剣風が発生する。
しかし、剣風の進む先、アーシュロットの前方には、カーディナルの姿はすでになかった。
「……我から見れば遅すぎて話にならん……」
「え……?」
カーディナルが、アーシュロットの真横をゆっくりと通り過ぎていく。
直後、アーシュロットの腹部から勢いよく鮮血が噴き出した。
「もう一度だけ言う、見逃してやるから失せろ……子供の相手は……」
「では、大人の相手をしてもらえますか?」
声と同時に上空に発生する殺気と気配。
「殲っ!」
両籠手を突きだしたメイル・シーラが大空の『壁』を蹴り、体を螺旋状に高速回転させながら、カーディナル目指して急降下してきた。
「ちっ!」
カーディナルは僅かに体を捻る。
メイル・シーラは、まるで巨大なスクリュードライバーと化し、カーディナルの左脇腹を掠めて、翻った深紅のマントを貫通していった。
「ふん、子供よりはやるな、人形」
貫かれた深紅のマントを取り外しながら、カーディナルは愉しげな微笑を浮かべる。
スクリュードライバーは、再び空(壁)を蹴って、カーディナルに襲いかかった。
「ふっ……」
カーディナルは、闘牛士のようにマントを使い、スクリュードライバーを余裕で優雅に回避する。
「つっ……」
回避されたスクリュードライバーは上昇し、回転を止めてメイル・シーラに戻ると、そのまま大空に留まり続けた。
「なんだ、もう来ないのか? 次はかわし様に剣を突き刺してやろうと思っていたのに……残念だ」
「っぅ……不意打ちでもなければ当たらないというわけですか……」
メイル・シーラは悔しげに顔を歪める。
「最初の一撃はなかなか悪くなかったぞ……故に残念だ、もっと完全な不意打ちにすべきだったな」
「くっ……」
「……ん……幼き姫よ……三度目の見逃しはないぞ……それでもやるのか?」
「うっ……」
カーディナルは、視線は上空のメイル・シーラに向けたまま、背後のアーシュロットに警告した。
「不意打ちするつもりなら、殺気や闘気の類は『斬り終わる』まで発するな……未熟者……」
「ば、馬鹿にしないでくださいよ! 端から不意打ちなんてせこい真似する気は……えっ?」
いきなり、カーディナルの顔が目前に出現したかと思うと、頭の上のクラウンが弾き飛ばされるのを感じる。
「貴様は、思考の決定から実際に攻撃に移るまでが遅い……我がその気なら、貴様は今もまた細切れになっていたぞ」
カーディナルは無防備な背中をアーシュロットに晒すと、ゆっくりと歩き出した。
「……『また』ですか……?」
いったい何度、仕留める機会をわざと見逃されているのだろう?
カーディナルとの実力差が、此の期に及んで解らぬほど、アーシュロットは愚かではなかった。
だが、彼女は恐怖や諦めではなく、怒りと屈辱を覚える。
「いくら、格上だからって……その油断、手抜き……命取りになるということを教えてあげますよぉ〜っ!」
アーシュロットの全身から、美しく透き通るような青い輝きが溢れ出した。
「ほう……」
カーディナルは歩みを止めると、背後を振り返る。
大剣がシュッシュッと空を軽く切り、青い輝きを掻き集めるかのように舞った。
「闘気?……いや、魔力か? 質と量は大したものだな……」
妨害などせず、寧ろ期待するような表情で、カーディナルはアーシュロットの力の高まりを眺める。
「避けちゃ駄目ですよおっ! 我が異名にして必殺の一撃! エクストリームプリンセス(過激な王女)!!!」
アーシュロットの大剣が振り下ろされた瞬間、とてもなく巨大で激しい青い光輝が解き放たれ、カーディナルの姿を跡形もなく消し飛ばした。



「どうですかぁ!? まさか、これ程どでかい一撃とは思わなかったでしょう〜? この大きさ、この速度、撃ってからじゃ絶対に誰もかわせませんよぉ〜」
アーシュロットはえっへんといった感じに胸を張った。
彼女の前方は綺麗に何もかもが無くなっている。
カーディナルの紅蓮の炎によってできた荒れ野すら、瓦礫一つ無い綺麗な平地に変わっていた。
青い光輝は進行上の全ての存在を、文字通り跡形もなく『消し飛ばした』のである。
「あははははははははははっ、奇跡の逆転勝……りぃぃっ!?」
突然、スクリュードライバーと化したメイル・シーラが飛来し、アーシュロットの左頬を掠めて通過していった。
「あ、危ないじゃないですかぁ!? いきなり、ローリングメイドサンダーで襲いかからないでくださいよおっ!」
アーシュロットはキャンキャンと吼えながら、背後を振り返る。
「……勝手に変な名前をつけないでください……ぐううっ!」
「じゃあ、素直にスクリューメイドライバーとか……あはははは……」
信じたくないものを目撃し、アーシュロットは力無く笑った。
「……実に素晴らしい威力だった……」
メイル・シーラは両籠手を突きだしたまま、空中で制止している。
自らの意志によってではなく、巨大な炎の手で掴まれて強制的に身動きを封じられていたのだ。
炎の手は肘までしか存在せず、まるで何もない空間から腕が生えているかのようである。
その炎の腕の右横に、消し飛んだはずのカーディナルが平然と立っていた。
「わざと無防備で喰らえば、我でも跡形もなく消し飛ぶことが……できたかもしれないな……」
「……あはは……避けないでってお願いしたのに……」
認識どころか、想像もできない速さで回避された……それが、アーシュロットがカーディナルが健在な理由として考えられる唯一の理由である。
「誤解するな、避けてはいない……受けきっただけだ……」
「……はい!? 受けきったあ〜?」
「そう、こうやって……」
カーディナルの右側から、もう一つ炎の手が出現した。
炎の手は、掌で彼女を包み隠すようにして……炎の障壁と成る。
「な……なるほど……」
一応納得したように呟くが、耐えた方法は納得できても、そのでたらめな炎の手の存在自体が納得できなかった。
「……どうした? ただの『右手』と『左手』がそんなに珍しいか?」
「…………」
「ふっ……」
カーディナルが微笑した瞬間、炎の左手が捕まえていたメイル・シーラを空へと放り投げる。
「くっ……刃っ!」
「おおっ、メイド大車輪〜!? それとも、八つ裂きメイド降臨ですかあっ!?」
両手を頭上に突きだしたメイル・シーラは、縦に高速回転しだし、巨大な車輪のような物体になって、カーディナルめがけて急降下した。
刃のある車輪……差詰め円月輪(チャクラム)のような物体になっている以上、炎の手で掴み取るのはむりなはず……。
そう思って、成り行きを見守っていると……なんと、炎の両手が掌でパチンと車輪の両側面を挟み潰した。
つまり、炎の両手による蠅潰しである。
「つ……潰れちゃったぁ……?」
拝むように重なっていた両手が離れると、メイル・シーラが自由落下で大地に落ちた。
見た目、紙のように押し潰されていたりはしない。
しかし、流石に意識を失っているのか、大地に俯せになっているメイル・シーラはピクリともしなかった。
「さて……」
カーディナルは、炎の左手と右手を、それぞれ己が左右に引き連れて、ゆっくりとアーシュロットに近づいてくる。
「そうだな……せっかく呼び出したことだし……貴様には見せてやろう」
「な……何を……ですか?」
炎の手がその気になれば、アーシュロットを容易く一掴みにできる間合いまで近づくと、カーディナルは足を止めた。
「我が炎の真の姿だ」
宣言した瞬間、カーディナルの背後にこれまでになく巨大で荒々しい火柱が噴き出す。
噴き出した火柱と炎の両手が繋がり……カーディナルの背後に巨大な炎の『巨人』を生み出した。
「あ……うう……っ……」
炎の巨人のあまりの巨大さ、迫力、力強さ……炎(力)のスケールのでかさに、アーシュロットはまともに声も出せない。
「母上の炎の蝶にあたるのが煉獄の不死鳥……そして、炎蛇にあたるのがこの炎巨人(ギガンテック・ファイア)……我がビックファイア(大いなる火)だ!」
「うぁ……ぅっ……」
「……『灼き潰されて』みたいか?」
カーディナルはとても意地悪く、悪戯っぽく微笑した。
「ひぃぃぃっ!?」
炎の巨人ビックファイアの右手がゆっくりとアーシュロットを捕まえようと伸ばされる。
『斬っ!』
「……何!?」
アーシュロットを掴もうとした瞬間、炎の右手が手首から切り落とされた。
本体から切り離された手首は瞬時に消滅してしまう。
「……だから……何故、あなた達親子は、先陣に立とうとするのですか……?」
疲れ果てたような深い溜息と共に、カーディナルとアーシュロットの間に現れたのは……藍色の魔法使い、クリア国宰相エラン・フェル・オーベルだった。








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一言感想板
一言でいいので、良ければ感想お願いします。感想皆無だとこの調子で続けていいのか解らなくなりますので……。



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